怪我・体調 2026-10-12
ヨット部の肩・腰の怪我を予防する考え方|痛みが出やすい場面と対策
ヨット部の部員から「ハイクアウトで腰が張る」「シートを引き続けると肩が重い」といった悩みが出ることがあります。海の上の競技は派手な転倒が少なく、怪我とは縁遠く見られがちですが、研究を見ると、腰・膝・肩といった部位に慢性的な痛みが出やすいことが報告されています。この記事では、セーリングの傷害を調べた海外の研究や、日本の学生セーラーを対象とした調査の紹介をもとに、肩と腰を中心に「どんな場面で痛めやすいのか」「どう予防を考えるのか」を整理します。個別の診断や治療を示すものではありません。痛みが続く場合は、医師や理学療法士などの専門家に相談してください。
ヨット選手はどこを痛めやすいのか|研究が示す部位の傾向
まず、研究で報告されている「痛めやすい部位」を確認します。ここで紹介するのは主に国際大会に出る選手やナショナルチームの選手を対象にした調査で、大学のヨット部員にそのまま当てはまるとは限りません。傾向をつかむための材料として読んでください。
| 出典 | 対象・方法 | 報告されている主な部位 |
|---|---|---|
| Neville氏とFolland氏のレビュー(Sports Medicine、2009年) | オリンピック種目など競技ヨットの傷害に関する文献レビュー | 腰椎・胸椎と膝が最も多く傷めやすい部位とされる |
| 2014年ISAF世界選手権の登録選手への質問票調査(BJSM掲載) | 760人が回答。244人が299件の傷害を報告 | 腰(回答者の29%)、膝(13%)、肩(12%)、足首(10%) |
| ヨーテボリ大学(スウェーデン)の調査 | ナショナルチームの選手24人とクラブ選手21人を12か月追跡。144件の傷害 | 膝が約20%、すね・足首・足が13%、肩が12% |
部位の並び方は研究ごとに少しずつ違いますが、「腰」「膝」「肩」が繰り返し登場する点は共通しています。2014年の調査では、傷害全体の58%が使いすぎ(オーバーユース)によるもので、56%の選手が一定期間セーリングを休んだと報告されています。Neville氏らのレビューも、ハイクアウトやグラインド(ロープを巻き取る作業)、ヘルム操作といった反復の多い動作が、経験のあるセーラーの使いすぎ傷害に結びつきやすいと述べています。
ここから言えるのは、ヨットの怪我は「一度の大きな事故」よりも「同じ動作の積み重ね」で起きる場合が多い、という方向性です。
練習中と、練習以外の場面で起きる怪我
意外に思われるかもしれませんが、ヨーテボリ大学の調査では、傷害のうち水上で起きたものは20%未満で、約3分の1は体力トレーニング中、17%はセーリングの練習中、12%がレース中に起きたと報告されています。同研究を紹介した記事では、レースは傷害が最も起きにくい場面だったと説明されています。
この結果は、次のように受け止められます。
- 艇の上だけでなく、陸上トレーニング、艇の上げ下ろし、移動なども含めて負担を考える必要がある
- 筋トレや走り込みの強度を急に上げたときにも、痛みは出うる
- 「海に出ない日は安全」とは限らない
研究者は、セーラーがコーチから技術指導を受ける一方で、筋力・体力づくりは3分の2が個人で行っていたことに触れ、個人に合わせたトレーニングプログラムの必要性を挙げています。部活では「全員同じメニュー」になりやすいため、体の状態に差があることを前提にする視点が大切です。
腰|ハイクアウトの姿勢で痛みが出やすいと言われる理由
ハイクアウトとは、体を艇の外へ張り出して艇の傾きを抑える動作です。体を斜めに保ったまま長く耐えるため、腰まわりに負担がかかりやすい姿勢だとされています。
日本の研究では、早稲田大学スポーツ科学部の卒業論文(ハイクアウト姿勢での腹直筋と脊柱起立筋のバランスと腰痛の関係を扱った論文)が、オリンピック候補選手と関東学生ヨット連盟の選手を合わせた402人を対象にした先行調査を紹介しています。同論文によると、約4割にあたる175人が腰痛を経験し、そのうち123人がハイクアウトの姿勢で痛みを感じていたとされています。この数字は卒業論文が引用している調査の値であり、調査時期や定義の詳細までは確認できていないため、傾向を示す参考値として受け止めるのが安全です。
腰への負担を考えるうえでのポイントを、一般的に言われている範囲で整理します。
- 姿勢を保つ筋肉が前後でバランスよく働いているか: 腹側の筋肉と背中側の筋肉のバランスが論文のテーマになっています。どちらかに偏ると、姿勢を保つ負担が腰に集中する場合があります。
- 疲れてきたときの姿勢の崩れ: 風が強い日や練習の後半など、疲労が溜まると姿勢が崩れやすくなります。崩れた姿勢のまま続けると、痛みにつながる可能性があります。
- 艇の上げ下ろし・荷物の持ち運び: ハーバーでの艇の取り扱いや道具の運搬も、腰に負担がかかる場面です。複数人で持つなど、運び方の約束事を決めておく部もあります。
ハイクアウトの生理学的な負荷(太ももの局所的な筋疲労が制限要因になりうるという研究)については、ヨット部の筋トレメニューの考え方で紹介しています。腰を守るには、太ももや体幹を含めた全体の持久力が関係してくると考えられます。
肩|シート操作や艇の動かし方で負担が積み重なる
肩の痛みは、ロープ(メインシートやジブシート)を引く動作、ティラーを握り続ける動作、転覆後に艇を起こす動作などと関係して語られることが多い部位です。Neville氏らのレビューは、ハイクアウトが腰や膝の問題に、継続的なメインシート操作が肩や腕の問題に結びつきやすいと述べています。
ヨーテボリ大学の調査では、若い選手は背中や胴体の問題が多く、年齢の高いナショナルチームの選手は肩の傷害が多い傾向が報告されています。経験年数が長くなるほど、同じ動作の回数が積み重なるためと考えられますが、研究が因果まで確定しているわけではありません。
スポーツ傷害の予防を扱う情報サイト(fittoplay.org)の帆走のページでは、ヨットで起きやすい傷害として、鎖骨の骨折、足首の捻挫(足首のストラップに引っかかる場合など)、腰痛、肩のインピンジメント(腱板の挟み込み)、膝蓋大腿部痛などが挙げられています。肩の痛みを「年のせい」「そのうち治る」と放置せず、腕を上げる動作で引っかかるような感覚があるときは、早めに専門家に相談する方が安心です。
膝にも注意|ハイクアウトとフォームの関係
この記事では肩と腰を中心に扱っていますが、研究では膝も上位に入っています。Neville氏らは、ハイクアウトの技術が不十分なことや脚の筋力不足が、膝の傷害につながりやすいと考えられていると述べています。ハイクアウトの姿勢は、艇の種類、風の強さ、体格によって負担のかかり方が変わります。艇種ごとの動かし方の違いは470級とスナイプ級、何が違う?やスキッパーとクルーって何が違う?でも触れています。
怪我を予防するための考え方
ここからは、研究の紹介を踏まえた予防の考え方を整理します。具体的な種目や回数は、部の方針やトレーナーの指導に合わせて決めてください。
1. 練習量や強度を急に増やさない
使いすぎ傷害が多いという研究結果からは、練習量を急に増やす時期にこそ注意が必要だと考えられます。新歓後の春、夏合宿、大会前の追い込みなど、練習日数が増える時期は、その前から少しずつ体を慣らしておく考え方があります。合宿の流れは大学ヨット部の合宿は何をする?で紹介しています。
2. 陸上トレーニングも「怪我のリスクがある時間」として管理する
ヨーテボリ大学の調査では、体力トレーニング中の傷害が全体の約3分の1を占めていました。重さや回数を追うより、フォームを確認することを優先し、不安がある種目は経験のある先輩やトレーナーに確認すると安心です。
3. 体幹や股関節まわりを含めた全体の持久力を意識する
腰の負担は、腹側・背中側・お尻や股関節まわりの働きと関係していると言われています。腰だけを個別に鍛えるのではなく、艇の上で姿勢を保つための全体の持久力として捉える見方があります。
4. 疲れたときの姿勢の崩れに気づく仕組みを作る
疲労時に姿勢が崩れやすいという一般的な考え方に基づき、練習の後半に「今の姿勢はどうか」をペアで声をかけ合うなど、気づく仕組みを作る部もあります。動画で自分のハイクアウトを見返す方法もあります。
5. 海の上以外の安全対策とは分けて考える
怪我の予防とは別に、水上の安全(ライフジャケットの着用、転覆時の対応)は常に前提です。ヨット部の泳げない人向け安全・ライフジャケットも参照してください。
痛みが出たときの考え方
痛みが出たとき、「大会が近いから」と我慢して続けてしまう部員は少なくないかもしれません。2014年の調査でも半数以上の選手が一定期間セーリングを休んだと報告されており、痛みを抱えたまま続けると、結果的に離脱が長引く場合があります。
- 違和感の段階で伝える: 痛みが強くなる前に、主将・マネージャー・顧問に共有できる雰囲気を作っておく
- 自己判断で続けない: 痛みが数日続く、しびれがある、安静にしても治まらないといった場合は、医療機関で診てもらう
- 復帰の目安は専門家に確認する: 痛みが引いたからといって、すぐに元の強度に戻さない
万が一の怪我に備えた保険の考え方は、大学ヨット部の保険はどう選ぶ?で整理しています。
シーズンと照らし合わせて負荷を考える
大会が集中する時期は、疲労が溜まりやすい時期でもあります。水域予選から全国大会への流れはヨットマニアの大会カレンダーで確認できます。自分の水域の大会に合わせて、練習量を調整する視点を持っておくと、シーズン終盤まで体を保ちやすくなります。大会の日程や会場は、必ず各連盟の公式の案内で最新の情報を確認してください。
食事・睡眠・日焼けなど、怪我以外の体調管理は、ヨット部の食事・栄養管理やヨット部の日焼け対策も参考になります。
自分の部の環境を確認するには
練習場所、練習頻度、陸上トレーニングの設備は大学によって異なります。ヨットマニアの水域一覧や、関東水域のページ、大学ディレクトリから、加盟大学の公式サイトをたどって活動の様子を確認できます。ただし、大学ディレクトリは関東と近畿北陸の加盟大学のみに対応しており、その他の水域は大会成績PDFのみの掲載(大学ディレクトリは準備中)です。入部を検討している場合は、見学や新歓の機会に、陸上トレーニングの進め方や、怪我をしたときの対応を直接聞いてみるのが確実です。
まとめ
- 競技ヨットの研究では、腰・膝・肩が傷めやすい部位として繰り返し報告されている
- 傷害の多くは使いすぎによるとされ、ハイクアウトやシート操作など反復動作が関係しやすい
- 傷害は水上だけでなく、陸上トレーニング中にも起きている
- 練習量を急に増やさないこと、フォームを優先すること、疲労時の姿勢の崩れに気づくことが、予防の考え方の軸になる
- 痛みが続くときは我慢せず、専門家に相談する
この記事の内容は、研究や公開情報をもとにした考え方の材料です。体の状態や持病は人によって異なるため、実際の運用は顧問・コーチ・トレーナー・医師と相談しながら決めてください。
出典
- The epidemiology and aetiology of injuries in sailing(Neville, Folland, Sports Medicine, 2009)
- 2014年ISAF世界選手権の登録選手への質問票調査 | British Journal of Sports Medicine
- Swedish sailors injure knees on land | ScienceNordic(ヨーテボリ大学の調査の紹介)
- ハイクアウト姿勢における腹直筋と脊柱起立筋のバランスと腰痛 | 早稲田大学スポーツ科学部 卒業論文(2013年度)
- Sailing: the most common injuries | fittoplay.org
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